400年以上続いた日本の大きな会社グループ
住友財閥(すみともざいばつ)は、昔の日本にあったとても大きな会社グループです。
日本には有名な四つの財閥があり、
- 三井財閥
- 三菱財閥
- 住友財閥
- 安田財閥
を「四大財閥(しだいざいばつ)」と呼びます。
その中でも住友財閥は、とても歴史が古いことで有名です。
なんと、400年以上前の時代から始まっているのです!
住友財閥は、
- 銅(どう)
- 金属
- 鉱山
- 銀行
- 化学
- 機械
など、さまざまな仕事をして日本の発展を支えました。
財閥ってなに?
まず、「財閥」という言葉を説明します。
今の日本では、それぞれの会社が別々に活動しています。
でも昔は、ひとつの家族やグループが、
- 銀行
- 工場
- 商社
- 保険会社
- 鉱山会社
などをまとめて持っていました。
このような巨大な会社グループを「財閥」といいます。
財閥は、日本の経済を動かすほど大きな力を持っていました。
住友の始まり
京都の小さな店からスタート!
住友の歴史は、江戸時代よりもっと前から始まっています。
最初のきっかけを作ったのは、
蘇我理右衛門
という人物だと言われています。
その後、住友家は京都で本を売る店や薬の店を開きました。
まだこのころは、大きな会社ではありませんでした。
しかし、住友家には大切にしていた考え方がありました。
それが、
「信用を大切にする」
ということです。
この考え方は、何百年も後の住友グループにも受け継がれていきました。
銅を作る技術で大成功!
住友が大きく成長した理由は、「銅(どう)」でした。
銅は、
- お金
- 武器
- 道具
- 建物
などに使われる大切な金属です。
昔の日本では、とても価値がありました。
住友家は、銅をきれいに取り出す特別な技術を手に入れます。
これによって、たくさんの銅を作れるようになったのです。
すると住友の商売はどんどん大きくなっていきました。
別子銅山(べっしどうざん)
住友の歴史で特に大切なのが、
別子銅山
です。
1691年、今の 愛媛県 で大きな銅山が見つかりました。
住友は、この別子銅山を経営することになります。
銅山ってどんな場所?
銅山とは、山の中から銅を掘り出す場所です。
山を深く掘り、
- 岩をくだく
- 銅を取り出す
- 火でとかす
という大変な作業をしていました。
昔は機械が少なかったため、多くの人が力仕事をしていました。
別子銅山では、たくさんの人が働いていました。
町まで作られ、
- 学校
- 病院
- 家
などもできました。
まるで山の中にひとつの町があったような感じです。
日本を支えた銅
別子銅山で取れた銅は、日本中で使われました。
さらに外国にも輸出され、日本はたくさんのお金を得ました。
そのお金で、
- 鉄道
- 工場
- 船
など、日本の近代化が進んでいったのです。
つまり住友は、日本の発展を金属の力で支えた会社だったのです。
明治時代にさらに大きくなる
1868年、日本では
明治維新
が起こりました。
日本は、西洋の国々に負けない近代国家を目指しました。
そのためには、
- 鉄
- 機械
- 電気
- 工場
が必要でした。
住友は、銅山だけでなく、
- 機械会社
- 化学会社
- 電線会社
- 銀行
なども作っていきます。
こうして、住友財閥はどんどん大きくなっていきました。
住友銀行の誕生
住友財閥は、銀行も作りました。
銀行は、
- お金を預かる
- お金を貸す
- 会社を助ける
大切な仕事をしています。
工場を作るには大金が必要です。
そのため銀行は、日本の産業を支える大事な存在でした。
住友銀行は、多くの会社を助け、日本経済を支えていきました。
公害問題にも向き合った
別子銅山では、たくさんの煙が出ていました。
その煙によって、木や畑が傷つく問題が起きました。
これを「公害(こうがい)」といいます。
住友は、
- 木を植える
- 新しい技術を使う
- 煙を減らす
など、問題を改善しようと努力しました。
今では、環境を守ることはとても大切だと考えられています。
住友の歴史は、「産業」と「環境」の両方を考えるきっかけにもなりました。
戦争と財閥解体
第二次世界大戦が終わると、日本は大きく変わりました。
アメリカを中心とした政策で、
「財閥が強すぎると、一部の人に力が集まりすぎる」
と考えられました。
そこで、財閥は解体されることになります。
住友財閥も、小さな会社に分かれました。
しかし会社自体がなくなったわけではありません。
今の住友グループ
現在でも、
- 住友電気工業
- 住友化学
- 三井住友銀行
- 住友商事
など、多くの会社に「住友」の名前が残っています。
つまり、昔の住友財閥の流れは、今も日本社会の中で生き続けているのです。
住友財閥が大切にしたこと
住友には、昔から大切にしてきた考えがあります。
それは、
「信用を大切にする」
ことです。
さらに、
- 正直に仕事をする
- 無理なことをしない
- 社会の役に立つ
という考え方も重視していました。
だからこそ、400年以上も続く大きなグループになったのです。
住友財閥から学べること
住友財閥の歴史から学べることはたくさんあります。
① 長く続けることの大切さ
住友は、一気に成功したわけではありません。
何百年も少しずつ成長しました。
毎日の努力を続けることが大切だとわかります。
② 信用は宝物
約束を守り、まじめに仕事をすることで、人から信頼されました。
学校生活でも、
- うそをつかない
- 約束を守る
- 友だちを大切にする
ことは、とても大事ですね。
③ 環境を守ることも大切
便利なものを作るだけではなく、自然を守ることも大切です。
住友の歴史は、「産業」と「環境」の両方を考えるきっかけになりました。
まとめ
住友財閥は、日本でも特に長い歴史を持つ大きな財閥でした。
銅山の経営から始まり、
- 金属
- 銀行
- 化学
- 商社
など、さまざまな仕事を広げ、日本の発展を支えました。
現在でも「住友」の名前を持つ会社はたくさんあり、その歴史と考え方は今の日本にも受け継がれています。


