三菱財閥(みつびしざいばつ)の歴史

三菱財閥(みつびしざいばつ)の歴史

三菱財閥(みつびしざいばつ)の歴史

三菱財閥(みつびしざいばつ)とは?

三菱財閥とは、
日本を代表する大きな会社グループのひとつです。

銀行、車、飛行機、商社、電気、重工業など、さまざまな仕事をしていました。

昔の日本では、とても強い力を持った大企業グループを「財閥(ざいばつ)」と呼びました。

三菱財閥は、

  • 三井財閥
  • 住友財閥
  • 安田財閥

と並ぶ、日本四大財閥のひとつです。


三菱財閥を作った人

三菱財閥を作ったのは、
岩崎弥太郎 です。

岩崎弥太郎は1835年、現在の高知県で生まれました。

子どものころは、とても裕福ではありませんでしたが、勉強熱心で商売の才能がありました。

のちに土佐藩(とさはん)の仕事を手伝うようになり、船を使った商売を始めます。

これが後の三菱の始まりになります。


三菱の始まり

1870年ごろ、岩崎弥太郎は「九十九商会(つくもしょうかい)」という会社を作りました。

この会社は船を使って荷物を運ぶ海運会社でした。

当時の日本では、外国との貿易が増えており、船の仕事はとても重要でした。

その後、会社名は、

  • 三川商会
  • 三菱商会

へと変わっていきます。


「三菱」という名前の意味

「三菱」のマークは、とても有名です。

◆◆◆ のような形をしています。

これは、

  • 岩崎家の家紋
  • 土佐藩主・山内家の家紋

を組み合わせたと言われています。

「三」は三つを意味し、
「菱(ひし)」はひし形のことです。


海運会社として大成長

三菱は船の会社として大きく成長しました。

特に政府との関係が深く、

  • 郵便船
  • 軍の輸送
  • 貿易

などを任されるようになります。

明治時代、日本は近代国家を目指して急速に発展していました。

そのため、

  • 石炭
  • 工場

が必要になり、三菱は大きな利益を得ました。


さまざまな事業へ広がる

三菱は海運だけではなく、いろいろな仕事を始めます。


鉱山

石炭や金属を掘る鉱山事業を行いました。

特に長崎県の端島(軍艦島)は有名です。

石炭は工場や船を動かすために必要でした。


銀行

お金を貸したり管理したりする銀行も作りました。

これが現在の 三菱UFJ銀行 につながっています。


重工業

大きな機械や船を作る工業にも進出しました。

後の 三菱重工業 です。

戦艦、飛行機、発電設備なども作っていました。


商社

世界中と貿易を行う商社も発展しました。

現在の 三菱商事 は、日本最大級の商社です。


第二次世界大戦との関係

戦争中、三菱は軍に関係する仕事も多く行いました。

特に、

  • 飛行機
  • 戦艦
  • 武器

などを作っていました。

有名なのが「零戦(れいせん)」という戦闘機です。

これは三菱が開発した飛行機でした。


戦後に財閥解体

1945年、日本が戦争に負けた後、GHQ(連合国軍)は、

「財閥が強すぎる」

と考えました。

そこで、三菱財閥は解体されます。

大きな会社を分けて、力を弱くしたのです。


でも三菱グループは残った

財閥は解体されましたが、会社同士のつながりは完全にはなくなりませんでした。

現在でも、

  • 三菱商事
  • 三菱重工業
  • 三菱電機
  • 三菱UFJ銀行
  • 三菱自動車工業

など、多くの会社があります。

これらは「三菱グループ」と呼ばれています。


三菱の特徴

三菱グループには、

  • まじめ
  • 技術力が高い
  • 大規模な仕事が多い

というイメージがあります。

特に、

  • 飛行機
  • 宇宙
  • 発電
  • インフラ

など、日本の大きな産業を支えています。


三菱と日本の発展

三菱財閥は、日本の近代化に大きく関わりました。

  • 工場
  • 鉄道
  • 銀行
  • 貿易

など、日本の経済成長を支えた存在でした。

一方で、大企業が強い力を持ちすぎたことへの批判もありました。


まとめ

三菱財閥とは、

📚
「日本を代表する巨大企業グループ」

です。

海運会社から始まり、

  • 銀行
  • 商社
  • 重工業
  • 自動車
  • 電機

などへ広がり、日本の発展を大きく支えました。

現在でも、三菱の名前を持つ会社は世界中で活躍しています。