安田財閥(やすだざいばつ)の歴史

安田財閥(やすだざいばつ)の歴史

安田財閥(やすだざいばつ)の歴史

お金の力で日本を支えた大きなグループ

安田財閥(やすだざいばつ)は、昔の日本にあったとても大きな会社グループです。
日本には特に有名な四つの財閥があり、

  • 三井財閥
  • 三菱財閥
  • 住友財閥
  • 安田財閥

を「四大財閥(しだいざいばつ)」と呼びます。

その中でも安田財閥は、「銀行」や「お金の仕事」がとても得意でした。
工場をたくさん持っていた三菱財閥とは少しちがい、安田財閥は「金融(きんゆう)」という、お金を動かす仕事で大きくなったのです。


財閥ってなに?

まず、「財閥」という言葉を説明します。

今の日本には、たくさんの会社があります。
でも昔は、同じ家族やグループが、

  • 銀行
  • 保険会社
  • 商社
  • 工場
  • 鉄道会社

などをまとめて持っていました。

このような大きな会社グループを「財閥」といいます。

財閥は、日本のお金や産業を動かすほど大きな力を持っていました。


安田財閥を作った人

安田善次郎(やすだ ぜんじろう)

安田財閥を作ったのは、
安田善次郎
という人です。

1838年、今の 富山県 で生まれました。

子どものころの安田家は、とても貧しいわけではありませんでしたが、大金持ちでもありませんでした。
善次郎は小さいころから、

  • 数字を覚えるのが得意
  • 商売に興味がある
  • お金の計算が速い

と言われていました。

当時の日本はまだ江戸時代で、今のような銀行はほとんどありませんでした。
人々はお金を安全に預ける場所が少なく、商売も今ほど便利ではなかったのです。

善次郎は若いころに江戸(今の東京)へ行き、商売の世界へ入りました。


明治時代と日本の大変化

1868年、日本では大きな出来事が起こりました。
それが
明治維新
です。

明治維新によって、日本は大きく変わりました。

それまでの日本は、武士や将軍が国を動かしていました。
しかし新しい政府ができ、西洋の国々のように近代国家を目指し始めたのです。

すると、

  • 鉄道を作る
  • 工場を増やす
  • 新しい学校を作る
  • 軍隊を整える

など、たくさんのお金が必要になりました。

ここで活躍したのが、銀行や金融の仕事です。

安田善次郎は、この時代の変化をすばやく見抜きました。


お金をあつかう仕事で成功

善次郎は、政府のお金を管理する仕事を手伝うようになりました。

昔の日本では、新しいお札やお金の制度が始まったばかりでした。
そのため、

  • 古いお金を新しいお金に交換する
  • 税金を管理する
  • お金を安全に運ぶ

ことがとても重要だったのです。

善次郎は、

「まじめで計算ミスが少ない」

ことで信用を集めました。

お金の世界では、「信用(しんよう)」が一番大切です。

もし銀行がお金をなくしたり、約束を守らなかったりすると、人々は安心して預けられません。

善次郎は、信用を大切にしたため、多くの人から信頼されました。


安田銀行の誕生

1880年ごろ、善次郎は
「安田銀行」
を作りました。

銀行の仕事は、

  • お金を預かる
  • お金を貸す
  • 会社の手伝いをする

ことです。

例えば、大きな工場を作るには大金が必要です。

でも、会社は最初から大金を持っているわけではありません。

そこで銀行が、

「あとで返してくださいね」

と言ってお金を貸すのです。

こうして、日本中の会社が成長していきました。

つまり銀行は、日本の経済を支えるとても大切な存在だったのです。


安田財閥はどうやって大きくなったの?

安田財閥は、銀行だけではありませんでした。

次々と新しい会社を増やしていき、

  • 保険会社
  • 信託会社
  • 商業会社

などを持つようになりました。

特に保険は、

「病気や事故があったときに助ける」

大切な仕事です。

安田財閥は、人々のお金を安全に守る仕事を広げていきました。

そのため、

「安田なら安心」

と考える人が増えていったのです。


関東大震災と復興

1923年、日本で大きな地震が起きました。

それが
関東大震災
です。

東京や横浜では、多くの建物が壊れ、大火事も発生しました。

たくさんの会社や店が困ってしまいました。

そのとき銀行は、

  • 復興のためのお金を貸す
  • 会社を助ける
  • 商売を立て直す

という大切な役割を果たしました。

安田財閥も、日本を立て直すために大きく働いたのです。


安田善次郎の最後

安田善次郎は、日本でも有名なお金持ちになりました。

しかし、社会には、

「お金持ちだけが得をしている」

と不満を持つ人もいました。

1921年、善次郎は東京で命を落としました。

とても悲しい事件で、日本中が驚きました。

ですが、彼が作った銀行や会社は、その後も日本経済を支え続けました。


戦争と財閥解体

第二次世界大戦が終わると、日本は大きく変わりました。

アメリカを中心とした占領政策の中で、

「財閥が強すぎると、一部の人に力が集まりすぎる」

と考えられました。

そこで、財閥は解体されることになったのです。

安田財閥も、小さく分けられました。

しかし会社そのものが消えたわけではありません。

銀行や保険会社は、その後も名前を変えながら残っていきました。


今につながる安田財閥

安田財閥の流れをくむ銀行は、長い時間をかけて合併し、現在の
みずほ銀行
につながっています。

つまり、昔の安田財閥の考え方や仕事は、今の日本にも残っているのです。


安田財閥から学べること

安田財閥の歴史から学べる大切なことがあります。

それは、

「信用は宝物」

ということです。

安田善次郎は、

  • 約束を守る
  • まじめに働く
  • お金を大切にする

ことを続けました。

その結果、多くの人から信頼され、大きな成功につながったのです。

これは銀行だけではありません。

学校でも、

  • うそをつかない
  • 約束を守る
  • 相手を安心させる

ことが、とても大切ですね。


まとめ

安田財閥は、日本の四大財閥のひとつで、銀行や保険など「お金の仕事」で日本を支えた大きなグループでした。

創業者の安田善次郎は、信用を大切にしながら会社を大きくしました。

明治時代から昭和時代にかけて、日本の近代化や復興を支えた安田財閥の歴史は、日本経済の発展そのものとも言えるでしょう。