~巨大なお墓とヤマト王権のひみつ~
みなさんは、「古墳(こふん)」という大きなお墓を見たことがありますか?
空から見ると、カギ穴のような形をした古墳もあります。
実は、日本にはとてもたくさんの古墳があり、その数は16万基以上ともいわれています。
古墳時代は、そんな大きなお墓がたくさん作られた時代です。
では、だれが、どうして古墳を作ったのでしょうか?
いっしょに古墳時代の世界を見てみましょう!
古墳時代はいつ?
古墳時代は、およそ3世紀ごろから7世紀ごろまで続いた時代です。
縄文時代や弥生時代のあとに始まりました。
このころ、日本では大きな力を持つ王(おう)や豪族(ごうぞく)が現れ、日本をまとめ始めていました。
古墳ってなに?
古墳とは、昔の王や力を持った人のお墓です。
ただのお墓ではなく、とても大きくて立派なものが多くありました。
特に有名なのが、「前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)」です。
これは、
- 前が四角
- 後ろが丸
になっている、カギ穴のような形のお墓です。
日本最大の古墳
日本で一番大きな古墳は、「仁徳天皇陵古墳(にんとくてんのうりょうこふん)」です。
大阪府にあり、世界でも最大級のお墓といわれています。
あまりにも大きいため、上から見ないと全体の形がわからないほどです。
どうして大きな古墳を作ったの?
大きな古墳を作るには、たくさんの人と時間が必要です。
つまり、
「これだけ大きなお墓を作れるほど強い力を持っていた」
ということを表していたのです。
王や豪族は、自分たちの力をみんなに見せるためにも、大きな古墳を作ったと考えられています。
埴輪(はにわ)ってなに?
古墳のまわりには、「埴輪(はにわ)」という土で作った人形が置かれていました。
埴輪には、
- 人
- 馬
- 家
- 武士
など、いろいろな形があります。
なぜ置かれたのかは、はっきりわかっていませんが、
- 王を守るため
- おまつりのため
- 魔物を追い払うため
などと考えられています。
古墳の中には何があるの?
古墳の中には、王のお墓だけでなく、たくさんの宝物も入っていました。
たとえば、
- 剣(けん)
- 鏡(かがみ)
- 勾玉(まがたま)
- 武器
- よろい
などです。
これらは、王の力や身分を表していました。
ヤマト王権ってなに?
古墳時代、日本には「ヤマト王権(やまとおうけん)」という大きなグループができました。
今の奈良県あたりを中心に、全国をまとめようとしていた勢力です。
ヤマト王権の王が、のちの天皇(てんのう)につながっていったと考えられています。
外国との交流
古墳時代には、中国や朝鮮半島との交流も増えました。
外国から、
- 漢字
- 鉄の道具
- 新しい技術
などが伝わってきました。
特に鉄の武器や農具は、日本のくらしを大きく変えました。
古墳時代のくらし
古墳時代の人々は、
- 米づくり
- 狩り
- 漁
などをして生活していました。
弥生時代よりも農業が発展し、ムラも大きくなっていきました。
また、身分の違いも少しずつはっきりしてきました。
古墳時代の終わり
その後、日本では仏教(ぶっきょう)が伝わり、国のしくみも変わっていきます。
そして、飛鳥時代(あすかじだい)へと進んでいきました。
古墳も、だんだん作られなくなっていったのです。
まとめ
古墳時代は、
- 大きな古墳が作られた時代
- 王や豪族が力を持った時代
- ヤマト王権が日本をまとめ始めた時代
でした。
埴輪や巨大なお墓からは、当時の人々のくらしや考え方がたくさんわかります。
今でも日本には多くの古墳が残っていて、昔の日本のひみつを教えてくれているのです。


